歴史

2016年9月 7日 (水)

弁天さん

今日は弁天さんの宵宮。

雨の心配がありましたが、なんとかもちました。久しぶりに真っ暗な参道を1.5キロほど歩き、敷地に入ってもこんな感じ。

P1410389

今日の人出は少し少なめ

P1410398

P1410406

恒例の餅まきです

P1410415

おみくじ?・・・どうだったんでしょうか

P1410423

戦利品・・・福引ははずれましたが、お餅はいつもより大漁です(笑)

P1410428

町中から真暗な道を3キロほど歩く必要(一時通行止めの為)があります、さすがに高齢者は少ないのですが、子供も少なかったような・・・?
餅まき目当てでも良いのでこういう機会に是非、お参りしてほしいものです。

2016年8月 8日 (月)

お盆前に・・・

毎年のことですが、今年もお盆前にお参りしてきました。
だいぶん苔が付いてきて、良い感じになってきました。  毎回同じような写真ですが(笑)

調べてみれば、没後819年でした・・・遠い・遠~い ご先祖様?

P140

2016年5月 3日 (火)

若桜神社大祭

今年は二年に一度の若桜神社の大祭です。

雨こそないものの風が強く荒れそうですがどうなりますか。

P1360526

境内に関係者がぞくぞくと集合、出発を待ちます

P1360528

若桜神社には三基の御輿があります。行列の先頭は榊・鉾・奴の舞・御幟(武者)・猿田彦・八幡宮神輿・熊野権現御輿・松上大名神御輿・神官・御供と続きます。

P1360540

ハイライトは暗くなってから、神社へ帰る時です。榊は境内にはあがりませんから鳥居の前が最後の見せ処P1360553
境内への階段下に一旦、三基の御輿が集合

P1360556

そして、階段を一気に担ぎ上げます

P1360598

休むことなく境内で最後の練り

P1360614

御輿は順番がありますから前の御輿が下ろすまで次が下ろせません。各町が意地・気力・根性の見せ処。

P1360639

夕方からは小雨模様、皆さんがんばって無事に終了しました。

後片付けの担当町は大変だろ~な~と思いながら帰宅、二年後に又盛り上がりましょう。

2016年1月11日 (月)

戸倉峠周辺徘徊

あれこれ考えましたが結局は先日の続き・・・旧国道の全容と軍用トンネルの確認となりました。

Photo

車は大清水谷の取り付き口に駐車し、赤線を進みます。

P1330244

予想どうり直ぐにそれと判る道、左手斜面は自然林の為、所々崩れ狭くなっています。

P1330251

先日、旧国道に降下した倒木地帯

P1330256

先日は行かなかった反射板、小船山の反射板は見えず

P1330275

T字分岐点、左に進み先日の取り付きポイントへ

P1330281

左手には石積みもあり間違いないでしょう

P1330285

なんでカーブミラーが・・・?

P1330289

上部に林道が見え始めると終点、これ以上進めませんが直ぐ先に峠が見えます。

P1330290

・・・・・軍用トンネルは何処?  もしかしてT字分岐点のところ・・・?
ここまで来て確認できずでは情けないので引き返しました。

P1330293

ピンク線の方向へ・・・しかし、直ぐに道をロスト? 斜めに降下していくと・発見・

P1330299

P1330301

少しだけ中に入ってみました

P1330308

閉所恐怖症気味ですので早々に引き返します。
戸倉峠に向かうべく、トンネル横手を激登り、旧道に合流。更に林道へ

P1330315

峠からの展望

P1330316

石仏はありませんが僅かな石積みが残っています。

P1330320

兵庫側は舗装路ですのでここまでとします。

赤谷山へでも登ろうかと考えていましたが風が冷たく・・・パス(笑)  とは言っても時間もあるので、地図の線どうりか確認の林道歩きへ

P1330323

何箇所か崩れていますが歩行には問題なし

P1330334

終点には小屋がありますが施錠、非難小屋には使えません。

P1330338

P1330343

帰りは途中で沢沿いのコースを降下。

旧国道(赤線部・2.3㌔)
明治18年に開通、昭和30年まで利用。若干荒れたところはありますがしっかりした石積みもあり概ね良好。ハイキングに良いかも。

軍用トンネル(旧トンネルの真上・ピンク線全体で0.7㌔)
町誌等見ましたが正式な記録を見つけられず。道は途中でなくなっていますので旧トンネル横手を登ったほうが早いと思います。内部の探検はくれぐれも自己責任でお願いします。

林道(オレンジ線全体で5㌔)
特に利用価値はないかも、国道への下山は激坂で不可能と思われます。

2015年8月 9日 (日)

お盆前に・・・

年に一度、お盆前に遠~いご先祖様をお祀りしております。
軽く周辺を掃除してお花に線香、そして幟を立てればおしまい・・・簡単な事で申し訳ないです。

P1

2014年9月 7日 (日)

柿原・千手院洞窟

因幡誌に添付の小畑洞窟絵図がある。

P1200684

若桜の岩屋堂は昔、柿原と呼ばれており、ここの出身者が旧八東に柿原に移り住んだ。
そして岩屋堂と同様に千手観音を洞窟内に祭ったと言われている。
平成22年、鳥取環境大学がその調査報告書を公開している(紀要 第9・10合併号)

000

3_2

1

(記事の添付について問題があれば削除いたします)

若桜の岩屋堂とこの洞窟が繋がっている・・・壮大なロマン!!!

00_2

この洞窟を数年前から探しておられるのが ”やまあそさん” 今日は是非とも見つけていただきたく、地元の山友Mさんと三人での調査徘徊となりました。

めぼしを付けている場所へ向かう為、柿原集落手前の忠魂祭石碑から取り付きます。

P1200658

奥に進むとと直ぐに「千寿院」の文字がある墓石

P1200613

絵図によると痩せ尾根を進んだ奥のようになっていることから上部を目指します。

P1200615

P1200617

しかし、予定のポイントに着けど何も無し・・・振り出しに戻りました。
念のため二手に別れ、探しながら下山。私は単独で尾根を直下・・・途中でも反対側の谷も探しましたが何もなし。道路に下り、出発地点へ戻っていると・・・お~い・有ったよ~ 急いで声の方向に登ってみると・・・綺麗な階段

P1200620

そして目的の洞窟

P1200621

P1200625

奥行きはそれほどではありませんが、中には数字の彫られた自然石が多数あります。一番大きいと思われる数字は「八十八」・・・意味ありげです。

P1200623

念願が叶って感慨深げな”やまあそさん”

P1200626

残念ながら岩屋堂へ通じる洞穴までは見つけられませんでしたが、岩壁の奥にはきっと隠された洞穴があるはずです。

0_2


車まで戻り、次の目的地「婆ヶ城跡」をめざします。尾根への直登は厳しいので佐崎まで車で移動、尾根沿いに下ります。  基本植林帯の尾根、残念ながら展望もありませんが、直射日光は防ぐことができました。

P1200628

途中には岩場も

P1200630

三角点510 点名 姥ヶ城

P1200638

婆ヶ城跡・・・痕跡はなし   ちょっと早めの昼食タイム

P1200640

再スタート早々に「掘り切り」  もう一ヶ所ありました。

P1200643

やまあそさん 曰く ノレノレの尾根・・・を順調に下り 三角点 354 点名 三山口

P1200647

そしてゴール地点には・・・

P1200648

ここからの展望は最高でした。

左・扇ノ山方向  右・陣鉢山

P1200652

左・遠見山  右奥・弁天山

P1200653

右・伊呂宇山P1200654

ここからは巡視路を激下り・・・無事下山ポイントへ  ちょうど正面が洞窟になります。

P1200655

道路をてくてく駐車地に戻っていく途中に道標発見

P1200656

左・智頭 四里

P1200657

右・栃谷 二里   ”栃谷”ってどこ? (帰宅後調べたところ 大江 の奥部・・・という事は峠の石仏への正式ルート?)

今日は山登りではなく 男のロマン 探求の徘徊 & 古城とお気楽尾根下り の一日でした。

2014年9月 6日 (土)

弁天大祭 宵宮

山から早めに下山してみると・・雨・・一過性のものかと思ってみたものの結構な・・雨・・今年は雨の宵宮になりそう。
実は今年は県外からのお客様をご案内します。
三倉分岐から久しぶりに歩きました・・傘に長靴で、二キロほどですが結構疲れました。

P1200611

雨は上がりましたが、お客さんは例年の半分以下、餅まきではなく餅くばりに変更。おかげでたくさんいただけましたが・・・・

P1200606

 左側の人物・・・誰でしょう? 明日はこの方と低山徘徊の予定です。

2014年5月 3日 (土)

若桜神社大祭

若桜神社大祭・・・明るい空ですが、風があり”壱番鉾”を引っ張るだけでは若干肌寒い。やはり祭りは”担ぎ・練る”ものです。

静かに出番を待つ”榊””壱番鉾”

P1180032

手洗いで身を清め、二百数十段の石段を登り境内へ。

三基の神輿にご神体が入れられます。

P1180043

その後、浦安の舞・獅子舞・奴の舞・御幟がおこなわれ・・・宿に向け神輿が石段をおります。

P1180056
午前中は決められたコースを粛々と進んでいきます。

P1180069

P1180064

そして、昼過ぎ”お旅所”に到着。ここで再び神事と浦安の舞がおこなわれ一休み。

P1180084

P1180085


さて、午後は15時にお旅所からスタート、ここから各神輿が自由に動けます。大抵は自分の町を隅々まで回り要所要所で接待を受け、20時前からが夜の部のハイライト。

P1180093

神社への一本道の入り口に榊・三基の神輿が集中し、争うように練り上げます。

P1180110

P1180129

榊はひと足先に神社入り口に帰り、神輿の先導の為松明を準備中。

P1180144

そして、各神輿が境内への石段を駆け上がり・・・

P1180154

P1180162

三基の神輿が境内で最後のがんばりを見せます。

P1180189

P1180209

P1180244

練り上げること約30分、最後の神輿が下ろされると周りの観客も拍手で労をねぎらいます。

P1180271

今年もよく頑張りました。

P1180275

神社入り口には消防車、最後のチェックをお願いして散開。

2014年4月27日 (日)

ちょんやせ~・ちょ~んやせ~

350年の歴史がある”若桜神社大祭” 若桜の自慢の一つです。

隔年で本祭りとなり、一番榊・八幡宮神輿・熊野権現神輿・松上大名神神輿が宿内を練り歩きます。
5/2 宵宮・5/3 午前零時の起床太鼓で始まり、8時からの神事後御幸行列が宿内に出発。
なかなかのものですよ、是非見物に来てください。(お勧めの見所は、朝・境内から三基の神輿が二百段の石段を降りるところ、又21時頃その石段を駆け上がり、境内でギリギリまで練り上げるところでしょうか)

P1_2

P2_2

ちなみに私も行列に参加します・・・神輿ではありませんが(我が西町では年齢制限があり、担ぎたくても担げません・・・残念!!)

2013年8月 9日 (金)

盛嗣大権現

越中次郎兵衛盛嗣・・・越中守盛俊の次男で、祖父盛国は平清盛の父・忠盛の従弟にあたる。
壇ノ浦後、十二年間丹波・但馬・因幡と隠れ、家を変えながら、平家の再興を期して京・鎌倉を脅かした。しかし、建久八年ついに但馬で捕らえられ鎌倉で処刑されることになった。

八月八朔、立石さんと呼び集落をあげて盛嗣を祀っていたが、いつの頃かその行事も途絶え、今は幟り立の地に建つ石碑と当時の幟が残っているだけである。

P1130235
石碑が建てられる前は巨石の下に朽ちかけた祠があった、残念ながら何時の写真かは不明

Dsc_0277

我が家の遠い遠い祖先になるようです、少し遅くなりましたが今年も祀ってきました。
                      

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

フォト
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

最近のトラックバック

無料ブログはココログ